02 イカの生態

巨大化するアカイカ型アオリイカ

神津島で釣れたアカイカ型の4.4kg
写真提供:㈱ヤマリア

アオリイカの4つの弱点

弱点 その1

 体が大きくて大食漢のフィッシュイーター。湾内の食物連鎖では頂点に立つハンターですが、魚類とは発生系統が異なるイカの細胞は浸透圧勾配に弱く、塩分濃度の大きな変化に対応できません。
 細胞内にタウリンを蓄えることで外部との濃度差を埋めているものの、塩分が少ない場所では真水が浸透して組織が破壊されます。そのため、外敵が少なく栄養も豊富な河口域に棲むことができません。流れ込みのある湾内も苦手です。
 釣ったばかりで透明なイカも、氷に触れると真水が滲入して白く変色してしまいます。

弱点 その2

 筒イカのくせに甲イカのような太い胴体。ヤリイカやケンサキイカなど外洋性のイカは長距離泳者らしいスマートな体型をしています。
 これに対して沿岸性のアオリイカは胴体が太いうえに、大きなヒレが外套膜の全長についているため水の抵抗が大きく、高速性能はあまり期待できません。ケンサキが三角翼のジェット機ならアオリはサンダーバード2号。動きの素早いケンサキを網ですくうのは困難でもアオリならすくうことが可能です。

弱点 その3

 アオリイカは泳ぐときに胴体をキュッと絞ってロートから水を噴出します。( この音は水中マイクで拾えるそうです )キュッキュという断続音を出しながら泳いだのでは獲物から警戒されるため、奇襲や待ち伏せ攻撃のときにはヒレ推進モードに切り替えて音を消す必要があります。
 さらに、攻撃をしかける前に一瞬、体を縮めて、触腕がとどく距離を測るので速攻性に欠けます。
 夜間の、獲物から発見されにくい状況や、群れの中に突っ込んで喰い盛っているとき以外、泳いでいる魚へのノンストップ攻撃はできません。

弱点 その4

 本来、フィッシュイーターの口は大きく両眼の間隔が広いものです。
 ターゲットを立体的に捉えるには、眼はできるだけ正面を向いてないといけません。アオリイカは目玉が真横を向いているため、立体視の範囲を充分に確保できませんでした。獲物を襲うためには腕を束ねて視界を確保する必要があります。
 また、大きく発達した眼球で頭部が占められているため、充分なノドのスペースもありません。食べている間の無防備な時間が長いので、敵の来ない安全な場所まで運んでホバリングしながら食べます。

雌雄の見分け方

 オスの胴体には長さ1~3cmの白い横スジが入っています。メスには直径数ミリのエメラルド色の水玉模様が散らばっています。これが一番簡単な見分け方です。
 200~300gのころは見分けにくいですが、500gくらいまで成長したアオリイカが釣れたら、腹側の、いちばん漏斗に近い一対の腕を確認してみてください。左右ともほかの腕と同じ場合はメス。どちらか( 左第4腕 )の先端の細い部分の吸盤がなく、肉状の突起になっていればオスです。
 オスは自分の精子カプセルをメスに渡すため、特別に設計された専用の腕( 交接腕 )を持っています。


繁殖

 沖の藻場や瀬の周辺で冬を過ごしたアオリイカは、水温が上がってくると岸近くのアマモ場に乗っ込んできます。シーズンは、温暖な地域では4月から始まって9月まで続きますが、ピークは5~8月なので、梅雨にかかることになります。アオリイカは淡水に弱いため、雨量が多ければ数が少なく、型も小さくなる傾向があります。
 メスは胴長20cmになると複数回の産卵を行い、一回の産卵数はおよそ5000粒ということです。外洋性のスルメイカの卵は浮遊性で、親も子も一生海底に触れることなく過ごしますが、アオリイカの場合、15cmほどの房に入った卵は、海底の石やアマモ、沈み木などに付着して成長します。卵嚢は厚くて丈夫なため、海亀とヒラメ以外の魚の食害を受けることはありません。
 産卵後約30日で生まれる子供は胴長5mm~10mm。アマモ場にはイサザアミやワレカラ、カニの幼生などが生息しているので、子供もこれらの甲殻類を食べていると思われます。孵化後半日から摂食を始め、生後100日で胴長8~10cm、約50gにまで成長します。このころになると密集した群れをとき、散らばって捕食するようになります。ナブラをつくることは多くありませんが、アオリイカのナブラは水を吐き出すので遠くからでも判ります。
 同じ時期に大小さまざまなサイズが釣れたとしても、それは産卵期間が非常に長いためで、数kgの巨大アオリもほかのイカと同じく寿命は一年です。胴長20cm以下だとメスが多いのですが、オスの方が成長速度が速いため、胴長30cmではオスが8~9割を占めるようになります。

● 林さん、2.7kgをゲット!
写真提供:深川釣具店
熊本県牛深市牛深町3460-98
[ TEL 0969-72-2029 ]

0.02秒のスゴ腕ハンター

 どのイカも基本的には夜行性ですが、昼間でも機会があれば捕食します。明るい場所は苦手なので、藻場の岩陰などの暗がりにひそんで、小魚が近寄ってくるのを待ち受けます。アオリイカの場合、餌を見付けたら頭部( 腕や眼のある部分 )を餌の方向に向け、ヒレを動かして姿勢を保ちながら、ハンティング用の触腕( 特別に長い一対の腕 )を縮めて発射の準備をします。そのままの姿勢で腕がとどく位置まで接近したら、一瞬で腕を伸ばして小魚を捕らえます。米国の生物学者ウィリアム・キーアによると、触腕は50分の1秒という、人間の眼では捕らえられない早さで伸びるそうです。
 小魚を吸着した直後に触腕を縮めて口に運び、同時に後退します。( このときエサに鈎がついていればフッキングすることになります )全部の腕で小魚をヨコ抱えしたら、獲物の後頭部を齧り取って即殺したのち、安全な場所まで移動して餌をタテにして食べていきます。ヤエンの場合は、この食べている最中に引き寄せてヤエンを入れます。よく好物の内臓に夢中になっているタイミングを計るように言われますが、飼育下の実験では、ほぼ例外なく内臓は捨てられ、筋肉だけが食べられています。

[ 参考図書 ] 日本水産資源保護協会発行 上田幸男著「 アオリイカの生態と資源管理 」ほか

ここまで判った! 水温と回遊の関係

 アオリイカは産卵のための季節的な回遊をします。日本海側では長崎県から秋田県、さらに津軽海峡を越えて三陸海岸まで大回遊した例も確認されていますが、太平洋側は周年水温が高いため定着性の近距離回遊が基本になります。藻がある岩礁地帯など、好むルートはほぼ決まっています。
 一日24時間の中でも、好む明るさと水温、エサの居場所などの条件に応じて、浅場から深場へと周期的な回遊をしており、あたりが暗くなると岸寄りして湾内まで入ってきます。昼間のイカ漁師さんが水深40mくらいの、光量が水上の5%前後しかない場所を釣っていることからも暗い場所を好むことが判ります。
 真冬でも水温が14~15℃以上あれば漁をすることは可能で、藻場の境目あたりの水深3~6mのタナを、大型のエギでゆっくりとトローリングします。船首から海中にタイヤを下げてスピードを落とすことも、エンジンを切って流すこともあります。漁はおもに満月の夜に行われます。新月の場合は夕暮れ前から始めますが、時合いが短く、型もよくないとのことです。

エサの逆襲

 アオリイカの成長速度は速く、仮に300日で3kgになるとして、10日で100gも体重が増える計算ですから、かなりの量を食べないといけません。エサとなるのは藻についたエビや小魚などです。
 ごく小さい時期は自分よりも大きなエサに襲いかかるものの、成長するにしたがって、自分の胴の長さ以下の魚を中心に食べるようになります。エサが胴長の半分以下だと残さずに食べ、それ以上だと頭部を食べ残すことが多くなり、胴長を超える大きさだと返り討ちにあって逆に食べられてしまうケースが発生します。
 飼育下の実験では、小さいエサから先に食べ、自分の胴長以上のエサを襲うには何日もかかることから、よほど腹が減ってしかたない状況にならないと大きなエサは襲わないようです。エサがあまりに大きいと怖くて攻撃できず、ついには餓死することもあります。

● 緒方さんが仕留めた2.3kg
写真提供:長田釣具店
大分県佐伯市池船町35-5
[ TEL 0972-22-0291 ]