08 特別企画 - イカの色覚大研究

色を見分ける2つの条件

 物体の色は外部から当たった光の反射なので、さまざまな色彩を見るためには、太陽光のように巾広い波長を持った光が必要になります。単波長の光だけしかない場所で、その色以外の色を見ることはできません。正常に色を識別できる目でも、トンネル内の黄色いナトリウムランプのもとでは、すべての物体が黄色と黒だけになってしまいます。
 深い海中は、水や浮遊物による光の吸収と散乱のために480nm( ナノメートル )を中心とした青い単色光の世界です。もしその水深に青い光だけしか存在しないなら、黄色や赤の物体でさえ青と黒にしか見えません。自から発光する物体だけに色彩を表現することが可能です。

 つぎに、眼球内に色の違いを感知するためのセンサーがあること。色を見分けるには、特定の波長に反応する複数の視物質が必要です。人間には650nm( 赤 )・530nm( 緑 )・420nm( 青 )に対応した3種類の視物質がありますが、紫外線を感じる物質を持たないため、そこに紫外線を反射する物体があったとしても、色として感じることができません。多くの鳥や魚類は4種類の視物質を持っており、人間には見えない範囲の色まで見えていることが判っています。
 従来はS-電位( 註 )の発生によって、その生物の網膜が特定の波長の光に反応したかどうかを判定していました。現在では視物質を直接生化学的、分子生物学的に解析することで、はるかに精度の高い結果が得られるようになっています。従来は色盲と判別された魚種にも色覚が存在することが判ってきました。

[ 註 ] S-電位
網膜の水平細胞が光に反応した場合に生じる電位。スェーデン人研究者スベティヒン( Gunnar Svaetichin 1915~1981 )の頭文字をとってS-電位と呼ばれる。

イカの偏光グラス

 光には固有の振動数( 波長 )と振動方向があります。太陽光には海の波のように上下に振動する光や、ヘビのように水平に振動する光、斜めに振動する光などが入り混じっていて、物体にあたった場合、特定の振動方向( 面 )の光だけがつよく反射します。この、反射によって振動方向が揃った光が偏光と呼ばれます。
 一方、光を受けとる側の網膜には視細胞が並んでいます。タンパク質とレチナールが結合した視物質には分子の並ぶ方向があり、その向きによって吸収しやすい振動方向の光と吸収しにくい方向の光があります。脊椎動物の網膜では、たくさんの分子が円盤状に配置されているため、振動の方向がバラバラであっても、全体としては均等に吸収します。
 これに対してイカの網膜は、視物質が一定方向に規則正しく整列した微絨毛構造のため、特定方向に振動する光が吸収されにくい仕組みになっています。つまり偏光グラスの機能を備えています。海中においては、浮遊する微粒子の反射から偏光成分が取り除かれるので、遠くまではっきりと見える効果があります。
 海面でギラギラと反射する光は水中への視界を遮ります。このとき、ギラギラ光は水中へも同じように放射されて、水中からも水上の視界が制限されます。イカはこの水中への偏光を自分の眼でカットして、明瞭な水上の景色を見る能力を持っています。

イカの眼は耳鼻科のお医者さんの額帯鏡と同じ仕組みになっているため、くらい海中でわずかな光を集めて照明することができます。

ホタルイカの色彩感覚

 ホタルイカの網膜にはA1( レチナール:ビタミンA )、A2( 3-デヒドロレチナール )、A4( 4-ヒドロキシレチナール )という3種類の視物質の存在が確認されています。視物質とは、色識別の基本になる複合タンパク質( オプシン )のことです。
 A1は484nmに吸収極大波長があり、人間からすれば緑青に相当する波長を感じることができます。A2は501nm( 緑 )を、A4は471nm( 青 )を中心にした色を感じる視物質です。
 脊椎動物の網膜では、これらの視物質はひとつの平面に並んでいるのが常識です。イカの網膜には一種類しか確認されないため、今までイカは色盲とされてきました。
 ところが最新の研究により、ホタルイカの視物質は平面に並んでいるのではなく、上下に重なった構造だと判明しました。網膜は2重構造になっていて、上の層の視物質には黄色い色がついています。これをカラーフィルターと考えれば、下の層にある視物質は550nm( 黄緑色 )の光を受容していることになり、色盲どころか、意外にも広い色域が見えていることが判ってきました。

 ホタルイカの網膜に、この3種類のレチナールが均等に分布しているのではありません。網膜の、体の下側に相当する部位には501nmの波長を吸収するA2レチナールが多く分布しています。レンズを通った光は逆像なので、空側で緑色がよく見える仕組みになっているわけです。底方向は青色を中心に見ていても、上方向では可視範囲が広がって、海藻のグリーンまで見えることになります。
 イカやタコの視細胞は似通った形状をしているそうですが、種類によって環境への適応の度合いは違います。甲イカの場合、視物質は水平方向に密度が濃く分布していて、水平方向の解像度は上下の4~8倍ほど高くなっています。
 現在のところ研究が進んでいるのは限られた種類だけで、ほかの種類のイカはA1レチナールだけしか持ってないとされます。

アオリイカは英語で bigfin reefsquid または oval squid または big-eye squid と呼ばれる。眼が大きく、周辺が緑色に発光するのが特徴。

[ 参考図書 ] 東海大学出版会 奥谷喬司著「 ホタルイカの素顔 」
イルカの集魚ライト

 イルカの仲間、カズハゴンドウは体長2~3メートル。世界中の熱帯-温帯域に生息する歯クジラの一種で、顔がマスクをつけたように黒く、唇が白いのが特徴です。群れは大きいものの、沖合い性がつよいため、人の目に触れることは多くありません。
主な獲物はイカですが、驚くべきはその集魚方法。なんと暗い海中で、自らの唇を発光させてイカを誘き寄せるのです。発光の化学的なメカニズムはまったく判っていませんが、このカズハゴンドウを設計した造物主は、イカが光を好きなことを知っていて、カズハゴンドウにその集魚装置を与えたことになります。