01 スズキの分類や名前の由来

隠れていたシーバス

 日本でもっとも一般的なマルスズキの学名は ” Lateolabrax Japonicus ” です。語源の記述で評価の高いセンチュリーディクショナリーで Lateolabrax ( ラテオラブラクス ) の意味を調べてみると、” A genus of serranoid fishes on the coasts of China and Japan. ”「 中国と日本の海岸で発見されたハタ科に属する魚 」と記されています。スズキの分類は不安定で、一昔前まではハタ科の魚だと思われていたのです。
 その語源については、” New latin, apparently from Latin latere, hide, + Greek , a sea-fish. ” とあり、「 英語の hide と同じ意味を持つ新ラテン語の latere に、ギリシャ語の labrax ( 海の魚 ) が付加された語である 」と説明されています。
 ラテン語の latere は「 隠れた 」とか「 見逃された 」 、「 知られずにいた 」などの概念を持つ言葉です。labrax とはヨーロッパシーバスのこと。

■ 註 : ラテン語の latere は現代英語の lurk や hidden に相当する。lurk は単純に「 潜む 」という意味で、” lurk in the night ”「 夜に闇に潜む 」のように使われる。hidden は「 隠された 」とか「 秘密の 」というニュアンス。latere を語源として「 遅れ 」とか「 最近 」といった意味をもつ英語の late が発生した。

世界のスズキ

マルスズキは日本と韓国の一部にしか分布していませんが、生物学的には、地理的に遠く離れたヨーロッパシーバスとごく近縁の種類です。ヨーロッパにはヨーロッパシーバス一種類だけしか棲息していないため、伝統的に短く「 バス 」と呼ばれてきました。海のバスだとか淡水バスだとか使い分ける必要がなかったのです。ところが、養殖技術の発達とともにバス料理の人気が高まってくると、養殖業者とレストラン側の経営的な思惑が一致して「 シーバス 」という目新しい言葉が使われるようになりました。

Sea-bass の Bass は Bhors からきています。その Bhors は魚の Perch に由来しています。Perch の語源は剛毛とか逆立つという意味で、硬骨魚の背びれの鋭いトゲを表しています。オーストラリアでカサゴの一種を Gurnard perch と呼ぶ例があるように、Perch という言葉は、アカメ科やスズキ科、ハタ科、ウミタナゴ科などを含む中・大型魚の総称として使われています。そのためか、発展形であるシーバスもまたいくつかの種類の総称になっています。イギリスのシーバスはモロネ科ですが、北米の東海岸でシーバスといえばハタ科のブラックシーバスのこと。西海岸にもニベ科のホワイトシーバスがいます。
日本のスズキは固有種なのでジャパニーズシーパーチ ( Japanese sea-perch ) またはジャパニーズシーバス ( Japanese sea-bass ) と呼ばれます。
ちなみにイギリスには Bass というブランドのビールがありますが、これは魚のバスではなく醸造所の創始者の William Bass 氏に由来するもの。飲んべえさんたちがパブでこのビールを飲むときには、まるで生きた魚を握っているかのようにボトルをブルブルと動かすのがお約束事になっています。

スズキの分類

じつは無所属?

 硬骨魚綱スズキ目スズキ亞目スズキ科に属するスズキは、約6500万年前の新生代に誕生しました。スズキ目にはゲンゲやタイワンドジョウ、キノボリウオなど17亞目148科、およそ9,293種の魚類が含まれています。分類上、スズキはあたかもこれら多数を代表するかのような位置づけとなっています。しかし日本のスズキが、バラエティ豊かなスズキ目魚の典型であり、正統だというわけではありません。
 魚類の分類は国際的に、ジョセフ・ネルソン博士の「 Fishes of the world 」がベースにされていて、スズキ目は Perciformes 、スズキ亞目は Percoidei で表されます。語幹の Perc… はパーチのことですが、日本にはパーチとよばれる魚がいません。パーチ目と言っても通じないため、日本における代表種であるスズキの名が付けられました。ネルソン博士の分類では、スズキはモロネ科に近いとするだけで、どの科に所属するかまでは示されていません。そこで日本では暫定的な処置として、新しくスズキ科を設けてその中にスズキを入れました。ところがその帰属はまだはっきりと確立されておらず、やはりモロネ科に含めるべきではないかという意見も出ています。

寄合い世帯の代表

 たくさんの魚種を包括するスズキ目ですが、本当にスズキはゲンゲやキノボリウオと同じ系列の魚なのでしょうか。スズキ亞目 ( 2865種 ) だけをとっても、シイラ科やハタ科、コバンザメ科など72科約530属が含まれており、分類の基準となる形態があまりに違いすぎるように思えます。じつはスズキ目だけは、ほかの目と違って単系統ではなく、まだ系統が確定していない魚類をまとめた多系統の分類群なのです。したがってこれがスズキ目の特徴である、といった決定打を持ちません。
 共通の先祖を持つから共通の特徴を持っているのか、同じ環境に適応した結果として同じ特徴を持つことになったのか。進化と分化の交差点には、今後の研究を待たないと所属がはっきりしないたくさんの魚たちがいます。彼らのとりあえずの居場所がスズキ目であり、どの科がどの亞目に含まれるか、いまだに分離や統合が行われている状態です。

沿岸生態系のトップ

 スズキの形態的な特徴ではなく、ライフスタイル上の特徴として、生息範囲の広さが挙げられます。汽水域を好むスズキは塩分変化への適応力が非常に高く、卵から孵化するときの一時期を除いて、いつでも淡水の河川を利用することができます。ボラも汽水域にいますが、完全な淡水域に棲むことはありません。サケやアユ、シラウオも川に遡上するものの、生活史の一時期だけに過ぎず、スズキに匹敵するほどの広塩性を持つ魚は、ほかにクロダイ ( チヌ ) くらいしか見当たりません。
 汽水域だけでなく、塩水域や淡水域までも棲息範囲にすれば、エサ不足への対応力が劇的に高くなり、速く大きく成長することができます。海水温が高い時期には川に避難してウグイやアユを追うことも可能。スズキが沿岸の生態ピラミッドでトップの食地位を占める魚になれたのは、昔は琵琶湖にも棲息していたとされるほど柔軟な、淡水への適応力にあります。

名前の由来

● スズキは四腮魚 ( シシキ )
 「 」は奈良時代 ( 710~784年 ) 以前に中国から伝わってきた漢字で、現代中国でも ( 註1 ) と呼ばれています。この ( ろ ) をなぜ日本ではスズキと読むようになったのでしょうか。
 つくりの ( ろ ) の本来の意味は庵 ( いおり ) のことです。しかし は、魚に、 が持つ意味を組み合わせて作った会意文字ではありません。類型を表す意符である魚に、発音記号としての が付加された形声文字なので、 の意味からスズキの由来を探ることはできません。
 全漢字の75%以上は、すでに存在していた物事の音 ( おん ) に合わせて、後付けで同じ発音の文字を組み合わせて作られています。 が読みのための音符として使われた例はほかに などがあります。
 中国の漢字字典である康煕字典 ( 1716年 ) にも「 」の音は「 」であると書かれています。
 その三行目に「 は俗称で四腮魚と呼ばれる 」とありますが、どうやらこの「 四腮魚 」がスズキの語源のようです。
 四腮魚は現代中国の標準語では ( スーサィユゥ ) と発音されます。スーサィまではいいとしても最後のユゥ ( 魚 ) の音が一致していません。しかし日本で魚を音読みするとギョになります。正確には漢音での読み方がギョ、呉音だとゴです。漢音とは奈良時代から平安初期にかけて、遣唐使や留学生によって輸入された漢字の読み方のこと。呉音とはそれまでにすでにあった読み方で、ギョが伝わって来るまで魚はゴと発音されていました。
 当時の読みである漢音だと四はシです。腮はシまたはサイ。魚はギョなので四腮魚はシシギョまたはシサイギョになります。シサイギョでは日本人の発音体系になじみにくいので、シシギョから、シシキ → スズキへと変化したのでしょう。正確な発音は不明ですが、712年の古事記に「 須受岐 」と書かれていることから、当時すでにスズキまたはスジュキという呼称が一般に広まっていたと判断できます。
 語源については諸説あって、新井白石の「 東雅 」( 1717年 ) にはスズキのススは「 小さい 」であり、キは「 」であると書かれています。貝原益軒の「 日本釈名 」( 1699年 ) ではススは「 清 ( すす ) いだように白い 」で、キは「 魚 」だとされています。そのほかたくさんの魚名本で、キは魚を表す接尾語だと説明されているので、魚 ( ぎょ ) を「 キ 」と読むこともそう不自然ではないようです。あるいは四腮魚は、魚をギョではなく、キと発音する中国のどこかの地方を経由して、日本まで伝わって来た言葉なのかもしれません。
 語尾がギやキとなった魚名はスズキのほかに、イサキ、キンキ、イシナギ、カズナギ、スギ、ワカサギ、クロサギ、ウナギ、ゴギ、ギギ、ハチビキなどがあります。語源は違うと思われますがヒイラギ、ハギ、コトヒキ、フエフキなどの例もあります。

■ 註1 : のほかに などがある。 の簡体字。 も発音のための記号である。
■ 註2 : 松江の はスズキではなくカジカ科ヤマノカミではないかとする説がある。しかし本朝食鑑ではこれをセイゴのことだとしている。康煕字典と倭名類聚抄に「 に似た魚 」とあることから、オヤニラミの近縁種ではないかとも考えられる。真相は不明だが、いずれにしても本筋である「 = 四腮魚 」に影響しないことからここでは触れなかった。


韓国では農魚

スズキは韓国では農魚 ( ノンオ ) と呼ばれています。農業のノに魚 ( ウオ ) のオです。
中国から日本に漢字の「 」が伝わってきたように、韓国にも同じ漢字が伝わっていきました。本来の読みは中国と同じ口です。しかし韓国語では言葉の頭にLやRが来ることを嫌うため がノと発音されます。盧泰愚 ( ノテウ ) 大統領のノですね。李 ( リー ) さんも、頭に Mr が付けばミスターリーと呼ばれますが、文章の最初にくる場合にはLの発音を避けてイさんになります。
 韓国語の習慣に従えば、スズキは と書いてノと読まれるのが本来の形なのですが、 では字画が多くて書くのが面倒なため、発音が同じで、誰でも知っている農で代用することになったのです。
韓国の魚名にはオで終わるものが多く含まれています。たとえばヒラメはクァンオ、ウナギはチャンオ、フナはプンオです。
 これと別にチで終わる魚名も目につきます。たとえばマグロがチャムチ、イワシがメルチ、サンマがコンチでタコがナクチです。いったいどう使い分けているのでしょうか。じつは、ウロコのある魚はオで終わり、ウロコのない魚はチで終わるのがルールだそうです。