01 名前の由来や分類

名前の由来

 古くから人里近くの浅海にいて親しまれたため、クロダイには全国で50を超える地方名があります。ごく大ざっぱに言って西日本ではチヌと呼ばれ、東日本ではクロダイと呼ばれますが、メジナをクロダイと呼ぶ地域もあるため注意が必要です。
 6世紀頃、大阪南部の和泉の国が「 茅渟 ( ちぬ ) の国 」と呼ばれていました。茅渟とは葦などの茂った入江の湿地帯のこと。その沖にあたる和泉灘が茅渟ノ海と呼ばれ、クロダイがたくさん捕れる名産地だったことからチヌという名称が定着したようです。チヌはその時代からある古い言葉で、茅渟のほか、「 茅海 」「 血沼 」「 知沼 」「 珍努 」「 知奴 」「 鎮仁 」または「 珍 」 という漢字が充てられます。
久呂太比 ( くろたい ) の名は930年代に編纂された 「 和名抄 」 になって初めて登場します。久呂はもちろん黒色のことで、語原的には植物の生えていない岩場や瓦礫 ( がれき ) を表します。
 ほかに、漢語由来の「 尨魚 ( ロンユイ ) 」や「 ( ハイジ ) 」もありますが、マダイにも同じ字を使うことがあるので区別が難しくなります。また、あまりの雑食性が嫌われたのか、「 ( くろだい ) 」という国字も残されています。
 現在中国でも日本と同じく「 黒鯛 ( ヘイディャオ ) 」か、またはマダイをあらわす「 加吉 」に黒をつけて「 黒加吉 ( ヘイジャージ ) 」と表記されます。クロダイもマダイも大きくて鋭い背ビレのトゲが目立つ魚です。香港ではその特徴を「 立 」で表して「 黒立 ( ヘイリ ) 」と呼ぶことがあります。

恐竜時代のクロダイ

 クロダイの先祖はおよそ6500万年前に登場しました。硬骨魚類が爆発的に増えたのは約4億1000万年~3億6000万年前なので、魚類全体の歴史からすればクロダイの設計は古い方ではありません。しかし、ニザダイやスズメダイなど○○ダイ ( 註 ) と呼ばれる扁平な魚類の圧倒的な多さからすると、クロダイ・マダイ型は進化のひとつの完成形だと考えていいようです。
 クロダイとマダイは共通の先祖を持っています。遠い昔の進化の分岐点、ちょうど恐竜時代が終焉を迎えるころ、浅場に棲むことを選んだのがクロダイ、深場に棲むことを選んだのがマダイです。両者は水深による棲み分けで一族の勢力範囲を広げる作戦を選びました。
 姿がそっくりな両者ですが、よく見るとマダイは瞳孔が大きくて黒目がちなのに対して、クロダイは瞳が小さく白眼 ( 強膜 ) の部分が大きく見えます。白眼が多いということは眼球の可動範囲が広いということで、クロダイは周辺を見回す能力に長けています。
 深場に適応したマダイは、暗い場所用の眼と、海中で見えにくい赤い体色、同族を見分けるための小さなコバルトブルーの星を持つようになりました。
 逆に、光量の多い浅場に適応したクロダイは、紫外線を防ぎ、岩場での保護色になる黒い体を獲得しました。棲息場所によって黒さは違いますが、よく観察すると背ビレまで黒く染まっています。この色が陽が落ちて暗くなった時間帯の策餌行動を有利にします。
 左右から押しつぶされたように側扁した体は、沿岸に繁茂する海藻のスキマを擦り抜けるのに適しています。大きく成長するまでは、背中から腹にかけて黒い縞模様が目立ちますが、これは海藻の生えた磯で迷彩効果を発揮するため。木目のある板のように見えることから、九州北部では目板 ( メイタ ) と呼んでいます。
 塩分濃度が安定した深場を好むマダイに対して、クロダイは河川の影響がつよい湾内、河口、あるいは純淡水域まで適応することで棲息範囲を広げてきました。沖の離島でも、雨水の流れ込みがある場所を好みます。
 どちらも海底付近をテリトリーとして、著しく雑食性なのは共通していますが、マダイが一度捕らえた獲物を逃さないための鋭い前歯を持つのに対して、クロダイは牡蛎をも砕く臼状の歯を持っています。一般的に海水魚の骨は硬く、淡水魚の骨は柔らかです。汽水域ではミネラル分が不足するためか、クロダイの骨はマダイほど硬くありません。

註 : 標準和名「 ○○ダイ 」というときの「 タイ 」は、マダイのように側偏した形の魚であることを表す代名詞であり、○○魚の「 魚 」に替わって用いられる。見た目のよくない輸入魚は切り身で流通することが多い。このとき商業的な価値を高める意図で、その体型にかかわらず○○ダイと名付けられることがある。

分類

 クロダイの仲間は、インド・西太平洋の温帯域に全9種類が分布。日本近海にはそのうちの6種類が棲息しています。
 残りの3種はオーストラリアの Black bream と Northwest black bream 、アフリカ大陸東岸にいる Twobar Sea-bream で、どれも沿岸性がつよい魚です。沿岸には外敵が多く危険も大きいので、警戒心が強くなければ生きていけません。そのためクロダイは音や人影には敏感に反応します。また外敵からの防御のため、背びれの棘がつよく大きく発達しているのが特徴です。視軸が前方斜め下を向いた底性魚であり、常に海底が見えていないと安心できないため、浮き上がることは少なく、また、深い海峡を越えて移動することも苦手です。

クロダイ
[ Acantho-pagrus schlegeli ]

 Acantho は棘、pagrus は鯛をあらわすギリシア語なので、学名は「 トゲのあるタイ型の魚 」といった意味になります。最後についた schlegeli はクロダイの分類に関わったドイツ人博物学者ヘルマン・シュレーゲルさんのことです。
 分布範囲は朝鮮半島から中国北部・中部の沿岸、南は香港・マカオ周辺まで。中国南部にはキビレとミナミクロダイが圧倒的に多いのですが、間違いなく日本と同じクロダイも棲息しています。ただし環境的にきびしいのかサイズは 30cm 止まりです。
 国内では北海道の函館湾が北限になります。青森と北海道を結ぶ津軽海峡は浅い場所でも水深 140m 、最深部で 450m もあり、底性魚のクロダイにとって横断することは容易ではありません。最狭部の大間崎と戸井間なら直線で約 18km 。なんとか渡りきったとしても、北海道沿岸では冬場の水温が 3℃ 近くまで下がるため、越冬することは難しいと思われます。
 南限は屋久島周辺です。沖縄にはいませんが、中国と浅い海峡を隔てた台湾には棲息しています。
 幼魚の間は 30℃ 近い高温にも耐えますが、成長すると 21~17℃ が好適水温となります。10~6℃ まで下がると冬眠状態になり、5℃ では仮死状態、3.5℃ で死に至ります。成長速度は海水温への依存が大きく、寒い地域では生育が遅く、温暖であれば速く成長します。
 1978年10月、三重県尾鷲湾で 69.5cm のクロダイが釣れました。2002年6月には福岡県船越漁港で 70.8cm 5.15kg が上がっています。2011年6月にまたも尾鷲で 71.6cm 5.72kg の大型が釣れました。これが日本記録魚 ( すべて拓寸 ) です。寿命は20年程度とされます。

ヘダイ
[ Rhabdosargus sarba ]

 本州の中部以南に分布しています。クロダイよりも体高があって平たいため平 ( へ ) 鯛 ( だい ) と呼ばれるようです。セダイ、シロチヌ、ヘイズと呼ぶ地域もあります。全体的に白っぽくて口吻が丸みを帯びており、体側には10数本の黄色がかった線があります。英名は Goldlined sea-bream ( 金色の線があるタイ ) 、または Gilt-head bream ( メッキ頭のタイ ) 。食味はクロダイと同等以上とされます。

キチヌ
[ Acanthopagrus latus ]

 体が白っぽく、胸ビレと尻ビレ、尾ビレの下端が黄色いためキビレとも呼ばれます。英名もズバリ Yellow-fine Bream 。淡水に非常につよく、堰のない河川ではかなり上流まで遡上します。体長は 40~50cm まで。クロダイが春に産卵するのに対してキチヌは秋に産卵します。体の中央部、側線から上のウロコがクロダイの6.5枚に対してキチヌは3.5枚と少ないことでも見分けが可能です。

ミナミクロダイ
[ Acanthopagrus sivicolus ]

 日本の南西諸島だけに分布する固有種で1962年に新種登録されました。体色はやや黒っぽいイブシ銀でクロダイとよく似ています。奄美大島や沖縄周辺ではもっとも普通に見られる種類で、シロチヌ、チン、ツンとも呼ばれます。内湾や河口付近に棲息して最大で 50cm まで成長。食味がいいことから市場価値が高く人気があります。側線上のウロコの数は46~52枚です。

オキナワキチヌ
[ Acanthopagrus chinshira ]

 沖縄から香港、オーストラリアまで分布するクロダイで、以前は豪州キヂヌと同種だと考えられていました。体色が白っぽいため、沖縄では 〝 チヌ‐白 〟 の意味でチンシラーと呼ばれており、学名にもそのままチンシラーが付けられています。ミナミクロダイとよく似ていますが、名前の通り、尻ビレと腹ビレが白から黄色味を帯びています。側線上のウロコの数は44~47枚です。

ナンヨウチヌ
[ Acanthopagrus pacificus ]

 日本のクロダイの仲間ではもっとも南に分布する種類で、近年になってミナミクロダイと別種であることが確認されました。
 棲息範囲は八重山諸島以南。西表島のマングローブが密生した河口域を代表する釣魚です。口吻が短くて、体高が非常に高く、すべてのヒレが黒いのが特徴です。背ビレ中央下のウロコの数が3.5枚と少なく、ウロコ自体が大きくて粗い印象を受けます。

日本記録のクロダイ

2011年6月に三重県尾鷲で釣り上げられた 71.6cm 5.72kg の日本記録魚。
[ 写真提供 : ㈱がまかつ ]

なんと外国には
こんな黒いスジ入りクロダイも!

オーストラリア近海から西インド洋の珊瑚礁域に棲息する Twobar Sea-bream 。ツーバーともダブルバーとも呼ばれ最大 50cm まで成長。