話はクライマックス、
身振り手振りを交えた波多野船長の大捕り物の一劇をどうぞ…
「地図に等高線というのがあるやろ…海底の地形図は等深線って言うてモニターに線で高低が表示さるっとですよ。それらを見ながら進路を決めるし魚がおりそうなところもそれでわかっですね」
一固体の人間がモニターを見て「みち丸」の脳細胞と化し、その脳細胞は風、潮流、潮の干満、海底の地形を基に進路を導き出し、その進路の指令を「みち丸」に伝達する。指令を受けた「みち丸」は、獲物を探す猟犬のような、あたかも感情を持っているかのような動きで漁場のポイントを探すべく行動を開始するのだ。
その日は1時間も走ると、視界の向うに黒い魚が海面を跳ねる。一匹ではない。5~6匹が、それも断続的に…脳細胞の回転数が増してきた。漁場は近い。
「船長!あそこ、あそこ!」
飛び跳ねる黒い魚を見つけ、乗り合わせた釣り客が指差し叫ぶ。「あそこ」の意味は、船首を「あそこ」に向けて、との意味を持っている。
「ばかっ!あそこまで行ったって、行った時にはもうおらんわいっ!」
「みち丸」の脳細胞は、ここで激戦を控えた戦闘最前線場所での司令官にも進化し、釣り客は歩兵であり、敵兵を束縛し捕虜とする前線歩兵部隊となった。
脳細胞の回転数は落ちず、高速回転を保っている。素早く観察した付近の潮の流れ、モニターに写る海底の地形が新たに脳にインプットされ、あそこの黒い魚の行き先を予想し、盛んに計算が行われている。
脳コンピューターが計算をはじき出した。そのはじき出された答えに基づき操舵桿を握った手が船首をゆっくりと旋回させ、司令官と化した波多野船長は兵である釣り客に断固として命令する。
「いいか、ここら付近で待つけ~!指示を出すから…出したら指示通りに行動せえよ!」
「みち丸」は敵兵の侵攻を息を殺して待ち伏せする防衛軍のごとく、低速で遊弋し牙を研ぎ獰猛な猟犬として付近の哨戒も怠らない。脳細胞はモニターと海面を交互に、矢が突き刺さるがごとく鋭い目で一瞥を繰り返し、体は海面をかすめるわずかな風向をも感じ取り見逃さない。
「今やっ!11時の方向に竿を打てっ!」
またもや脳コンピューターがフル稼働し正確無比な計算結果がはじき出されて、その計算結果に信念をかけた司令官は戦闘行為の開始を宣言した。
「どこに打ってるんや!11時の方向はこっちやないけ~!言うたとおりにせんか!こっちに早よ打たんか!」
竿が打たれると、海流、海底の地形を基にして肉眼では見ることができない敵兵の予想進路に「みち丸」を併行させなければならない。海面に向けられた竿、三種の神器のモニター交互に目をやり、わが兵が敵兵を絡めとろうとしている戦闘行為の奮闘に「みち丸」を加勢させるべく、脳コンピューターと合体した司令官は「みち丸」操船に全神経を集中させる。
「ヒット~!」
興奮している様子の掛け声が船上で声高らかに響きわたった。司令官は操舵室よりわが兵の戦場である甲板、竿の先の海面双方を一瞬の目で確認する。糸の引き具合、竿を持つわが兵の体重のかけ具合を観察すると、敵兵の図体の体長、質量がとっさに脳裏に浮かびあがる。
「大物や~!引け、ひけ~っ!」
必死に格闘しているわが兵の後姿に対して、督励ともいえる叱咤激励を繰り出すものの、兵たちの戦闘行動はひどく緩慢に見える。
「引かんか!もっと回せ~!」
わが兵の「引く、回す」の連携行動はどうにか軌道に乗りつつあるが、海面から突き出ている糸の先はピンと張りつめ右、左と瞬間的な蛇行を繰り返しながら、なお強大な余力をもって確実に前方への逃亡を企てている。「みち丸」は脳コンピューターを駆動させ、わが兵の的確な敵兵捕獲作戦を支援すべく敵の逃亡に船首を合わせる。
まんまと罠にかかり、首(口)に縄をかけられた敵兵であったが、余力はまだ強大である。「網呑舟の魚を漏らす」のたとえもある。敵兵と「みち丸」の縄の力関係の無理な態勢により、つい縄が切断され逃亡を許してしまうとも限らない。海面から突き出た縄の先を視界に捕らえたまま、手中にある操舵桿は繊細で微妙な動きを繰り返す。
わが軍兵の必死な捕獲作戦行動と「みち丸」の作戦支援活動により、首に縄をかけられた敵兵と縄の源である「みち丸」の距離がみるみる縮まってきた。依然として形相を鬼神と化した兵の「引く、回す」の作戦行動は続いているが、司令官としての判断は最後の詰めを迎えていることを悟っていた。行動を続ける兵に合流すべく司令官は甲板に降り立った。
「よ~し、もっと引け!もうちょっと引いたところで力まかせに甲板に引き上げるぞ!」
司令官も兵も形相を崩さず緊張の面持ちが全身からふつふつと沸き立っている。
最後の詰め。「みち丸」船腹まで、兵が持ち合わせるすべての力で手繰り寄せられているものの、「まだ捕まってなるものか」と浅い水中をなおも右へ左へと動き回り暴れ狂って抵抗する黒く太く長い敵兵。
「あがった~っ!」
ヒットしてから格闘すること1時間。モリを打ち敵兵の体力を減少させてからやっとのことで甲板に引き上げた。他の同乗者からもいっせいに歓声の声が上がる。捕獲作戦行動者は、力も、精魂も尽き果て頭をたれ、甲板に座り込んでしまった。司令官はその座り込んでしまった捕獲作戦行動者に近づき、そっと肩に手を乗せ、声を掛けた。
「よかったね~!こげな大物はめったに揚らんとばい…よ~頑張った!」
作戦は成功裏に完了し、現実に戻った。仕留めた敵兵は大物のクロマグロであった。
声を掛ける司令官は、もう司令官の顔ではなく陽にやけて潮に揉まれた温和で満面の笑みを浮かべた遊漁船「みち丸」の波多野船長の顔であった。
「おっと~!講談を聞きおるごたるね…」
遊漁船「新生丸」の小田船長も口をあんぐりし、感嘆する。 |