02 アジの生態

アジクラゲ

頼りになるのは大クラゲ!

 漁師さん泣かせの巨大浮遊物、エチゼンクラゲの下にはよくカワハギが居着いています。カワハギは皮が硬くて毒が効かないのか、エチゼンクラゲを食料にしているのです。このことに気がついた北陸の漁師さんはクラゲでカワハギを寄せて捕らえる漁を考案しました。
 エボシダイもカツオノエボシの傘下で外敵を避けながら暮らし、エサがないときには宿主であるカツオノエボシの一部を食べてしまいます。マンボウはもっぱらクラゲを食べて成長します。このほか、サケ、マス、タラ、マダイ、サバ、イボダイ、マナガツオなどのクラゲ食が知られています。あまり栄養があるとは思えませんが、それだけに大量摂取する必要があるらしく体調30cmのマナガツオは1日に1kgものクラゲを食べるそうです。
 直接食べることはないと思われますが、アジの稚魚もエチゼンクラゲなどの大型クラゲが好きで、沖でいっしょに泳いでいることがあります。
 アジの稚魚はほかの魚種と比べてとくに遊泳力がつよいわけではなく、また浮遊に適した体型でもありません。沖を浮遊するクラゲといっしょにいれば、イソギンチャクに隠れるクマノミのように絶好の隠れ家を提供して貰えます。水槽内での飼育下ですが、外敵に襲われたアジの稚魚がミズクラゲの傘下に隠れることが観察されています。
 アジにはこのように浮遊物につく性質があり、大海を漂う流れ藻の下や、ときには天敵のサメにまとわりつくこともあるそうです。

クラゲが増えればアジも増える

 日光が海底まで届く沿海では豊富なエサが発生しますが、外洋の表層面にエサは多くありません。唯一、動物性プランクトンのカイアシ類( 註1 )が沿海と同じ比率で分布しているくらいで、海水が透明であるほどエサは希薄になります。
 遊泳力が弱く潮にまかせて漂流するクラゲはプランクトンの仲間です。同じ波任せで浮遊するもの同士、隣を漂うカイアシ類を捕食するのは容易なことで、クラゲには微少生物の収集器としての機能があります。クラゲが食べているカイアシ類は、小魚が沿海で主食にしているカイアシ類よりもやや小型ですが、アジの仔魚にとっては食べ頃の大きさに違いありません。食糧の乏しい外洋でクラゲが集めた動物性プランクトンは願ってもない栄養源。アジの仔はエチゼンクラゲやミズクラゲが集めたカイアシを横取りして食べることにしました。( 註2 )クラゲが触手に持っているカイアシどころか、すでに胃腔に入っている分まで奪って食べてしまうので、アジに取り付かれたエチゼンクラゲは栄養不足で痩せています。クラゲがアジの資源増加に貢献していることは間違いありません。統計上でも、漁網に入るエチゼンクラゲの量が多い年にはアジの漁獲量が多いことが確認されています。今後、海水温の上昇と沿海の富栄養価によってクラゲが増えることが予想されますが、クラゲが増えればアジの食糧源も増えることになります。

[ 註1 ] 体長0.5~10mm程度の甲殻類で、脚をボートの櫂のように動かして泳ぐことからカイアシと呼ばれる。約12,000種の大グループであり、動物性プランクトン資源として重要。

[ 註2 ] 孵化したばかりの稚魚は遊泳力が乏しいためクラゲに食べられる。また、20mmを超えてエサを奪うまでに成長したアジの仔でも、夜になって眠ってしまえばクラゲに食べられる。
 どの魚種でもほぼ同じだが孵化後6mmまでは浮遊生物であるクラゲのエサになり、60mm程度に育つまでは中型魚のエサになる。60mm以上になれば遊泳力がつくため、他魚のエサになる機会は激減する。

漁業資源と産卵

資源高 3位 → 9位

 1960~65年にかけて、アジは全国で年間50万トン以上の漁獲がありました。当時はサンマ、カタクチイワシに続く第3位の漁獲高だったのですが、漁法が発達したせいで乱獲が続き、1980年代には1/10の5万トン前後まで激減しています。漁獲高が減ったため、干物に加工されるアジの一部にはノルウェー産が使われています。
 統計上では、アジとカタクチイワシが少なくなるとマイワシが増え、マイワシが減れば、ほかの魚種が増えるという魚種交代現象が確認されています。現在、マイワシの漁獲量は5.2万トンで、最盛期1988年のたった1%しかありません。アジの漁獲量は1990年代になって年間約30万トンまで回復しましたが、近年では25.4~16.7万トンの範囲で推移しています。これはオリンピックプールの90~130杯に相当する量ですが、国民一人あたりにすれば1.6kgに過ぎません。国民の水産物消費量一人年間56.7kg( 2007年 )のうち、およそ2.8%に相当します。

数が減ると早熟に!

 飼育下だと栄養が足りているので15㎝程度から産卵を始めますが、自然界では満2歳になって20cmを超えたあたりから産卵を始めます。個体数が減って群れの密度が薄くなると、産卵可能なアジのうち、小さいころから産卵するアジの比率が高まるそうです。
 産卵は夜間行われます。生まれた卵は分離浮遊性で直径0.8~0.9mm。産卵数は尾又長20cmの小型アジで約10~30万粒、30cmでは30~40万粒です。
 水温18℃の場合、受精後43時間で全長2.5mmほどの仔魚が孵化します。海の表層を浮遊しながら成長し、20mmほどになるとクラゲや流れ藻について漂流回遊します。孵化後30~45日で3mm。46~60日で55mmまで育ちます。60mm以上になると胸ビレや尾ビレが完成して遊泳力がつくのでイワシの稚魚などを食べるようになります。2歳で20~23cm、3歳で25~27cmに成長。したがって30cmを超えるのは4歳魚ということになります。

産卵場所

 マアジは東シナ海の、沖縄と中国の中間あたりの大陸棚縁辺域が主産場となっています。
 成長しながら日本近海まで流れてきて、春から夏にかけて列島沿いに北上、秋から冬にかけて南下するのが回遊性のクロアジです。定着性のキアジも併せて年間およそ40億匹の一歳魚が漁業資源として新規参入すると見られています。
 主産場は東シナ海ですが、適齢期を迎えたクロアジが全員で東シナ海まで帰省するわけもなく、孵化の適温である18~24℃の場所であれば、ほとんど全国の沿岸で産卵します。
 産卵時期は、暖かい九州では3~5月、水温の上昇とともに次第に北上していき、東北地方では5~7月になります。
 寒い地域では成長が遅いために魚体が小さく、釣りものとしてあまり優先されない傾向があります。

名前の由来

アジがサバとは?
( Trachurus japonicus )

 学名の Trachurus はギリシア語の Trachys( 英語の Rough に相当 : 起伏がある、手触りが粗い )と、Oura( 英語の Tail に相当 : 動物の尾、後尾部 )が一体化した語で、アジの尾柄部にある稜鱗( ゼンゴ = 銭子 )のことを表しています。Japonicus は日本で特有に見られる種という意味です。
 マアジは日本のマアジと同一種か、もしくは外見では見分けがつかないほどの近似種が大西洋にも生息していて、米国では Japanese Jack Mackerel と呼ばれています。Mackerel とはサバのこと、Jack はブリ型をしたアジ科の魚をあらわすので“日本のアジ科のサバ”といった意味になります。
 イギリスでは Horse Mackerel と呼ばれます。イヌタデやイヌナズナのように、本物のタデやナズナと比べて役に立たないときにイヌが付けられます。イギリスで、このイヌに相当するのが Horse なので、Horse Mackerel は“ 動物のエサにしかならない偽物のサバ ”のようなニュアンスになります。
 このほか、英語圏全般で Scad という名称も一般的です。Scad は英語で「 数が多い 」という意味で、語源はシャッド( Shad )というニシン科の魚から来ています。これもマアジの群れる性質に注目したネーミングのようです。

アジはなぜ「 鰺 」なのか

 語源としては、集まる魚だからアジだとする説が有力です。
 味がよいからアジだという説もありますが、日本の全魚類を代表するほどの美味とするには無理があります。
 味 → アジ説の出典となったのは新井白石が著した「 日東の爾雅 」( 1717年 )で、「 或る人の説では鰺とは味のことなり。その味の美を言うなりといえり 」と書いてあるそうです。しかしこれは新井白石がその時代のある人の意見を紹介しただけであって、確定した語源とはいえません。食物でアジと聞けば同音の「 味 」を連想するのは今も昔も同じことです。
 鰺という文字は中国から伝わってきました。それまでは「 阿知 」または「 安遅 」と書かれていたのが、平安中期を迎える頃から「 鰺 」が使われ始めています。
 現在の中国で、一般的にアジは 竹筴魚 または 鰺魚 と表記します。竹筴とは竹の鞘( さや )のこと。アジのゼンゴがまるでタケノコの皮のように見えることから来ました。日本でもゼンゴを竹筴と書くことがあります。
 「 鰺 」の字は本来「 」だったのが、書き写し間違いで鰺になったとされ、鯵はさらにその略字です。大漢和辞典をはじめ、どの漢和辞典にもこのように説明されています。したがって語源を、間違いの結果である「 参 」と関連づけることに意味はありません。
 大字源によると「 」の意符である「 」は木の上に多くの小鳥が集まり、口を開けて鳴いている状態のこと。喧噪の「 噪 」と同じく「 騒がしい 」という意味です。
 アジを示す漢字は鰺だけではありません。たくさん集まって泳ぐアジを、魚プラス集の組み合わせで表現された「 」という国字がありますが、じつはこの「 集 」と「 」の成り立ちがほとんど同じなのです。
 集の上半分の「 隹 」は小鳥の象形文字です。古くは「 」と書かれ、【 】木の上にたくさんの鳥がとまっている様子を表していましたが、現在では字画が多いために省略した「 集 」になっています。
 群れをつくるアジを「 魚 + 集 」で表現したように、鯵の元字である「 」は、魚偏に「 騒々しい群れ 」を会意してできた文字であり、たくさんの魚が集まって元気に群れている様子を表しています。当然その誤記で発生した「 鰺 」も同じ意味になります。
 ちなみに字典の中には「 」という字があり、こちらもズバリたくさんの魚が群れている状態のことです。

アジは暗い場所と時間に喰ってくる

 魚類の瞳孔は常に全開になっており、哺乳類のように虹彩を絞って光量を調節する機能はありません。アジの行動は適水温やベイト以外に、好みの明るさにも影響を受けるため、昼間は居心地のいい深場に逃げ込み、暗くなればまた餌の豊富な浅場に回遊してきます。
 アジはスピードは速いものの、獲物を補食する能力がとくに優れた魚ではありません。視界の利く時間帯はアジも自由に泳げますが、ベイトになる小魚の眼もよく見えて必死で逃げ回るため、エサを獲るのに大変な労力が必要になります。エネルギーの浪費を押さえるためには、昼行性のベイトフィッシュが眠くなった頃に補食するのが合理的です。
 「 アジは曇天 」と言われるように、朝夕の暗い時間帯または雨天・曇天時によく釣れますが、これはベイトからすれば暗すぎて身動きがとれず、アジにとっては獲物をなんとか視認できる明るさのときに夜討ち朝駆けで捕食しているからに他なりません。
 真っ暗だとさすがに眼が見えないので、外灯のある場所でベイトを追います。ベイトを追っている間は警戒心が薄れるので、たやすく釣り上げることができます。
 ネンブツダイやメバル、太刀魚など夜行性の魚は眼が大きく発達しています。アジも成長して眼が大きくなるほどに暗い場所での活動が容易になり、だんだん深場へと生活範囲を広げていきます。
 眼球の明るさは、水晶体の直径( 瞳径 )と、水晶体から網膜までの距離で決定されます。眼球が大きくなってもその比率はほぼ一定なので、理論的な明るさは変わらないはずですが、一つ一つの視神経は、眼球の大きさに比例して大きくなります。受光面積が広くなればそれだけ光を多く取り入れることが可能になり、光の乏しい場所でもよく見えることになります。

アジのウンチク大特集

● 鯵はホントに騒がしい①
ウロコには体の保護と水の抵抗を減らす役割がある。ところがアジのゼンゴには激しい凹凸があるため、にぎやかな音を発生してしまう。騒音のない静かな水槽であれば水が流れるようなチョロチョロという遊泳音を聞くことができる。

● 鯵はホントに騒がしい②
魚群探知器は海中の物体からの反射音をスクリーンに映し出す仕組みになっている。最初はわずかな反応を探して釣り始めるが、マキエに狂って活発に泳ぎ回るようになると、魚自体が発生する音で魚探のスクリーンが真っ赤になる。

● アジサイの語源
梅雨の花「 あじさい 」は小さな花がたくさん集まって咲くことが名前の由来である。「 あじ 」は集まるであり、「 さい 」は真藍のこと。藍色の花が集まって咲くという意味で集( アツ )- 真( サ ) - 藍( アイ )と呼ばれるようになった。

● 鰺は生ぐさいか!?
「 鰺 」という漢字には生臭いという意味もある。海で生きているときは「 群れる魚 」だが、流通段階なら「 たくさんの死んだ魚 」になる。冷蔵庫がなかった昔なら生臭くて当然のこと。同じく「 肉 + たくさん 」の「 」にも生臭いという意味がある。