名前の由来
古くから人里近くの浅海にいて親しまれたため、クロダイには全国で50を超える地方名があります。ごく大ざっぱに言って西日本ではチヌと呼ばれ、東日本ではクロダイと呼ばれますが、メジナをクロダイと呼ぶ地域もあるため注意が必要です。
6世紀頃、大阪南部の和泉の国が 「 茅渟 ( ちぬ ) の国 」 と呼ばれていました。茅渟とは葦などの茂った入江の湿地帯のこと。その沖にあたる和泉灘が茅渟ノ海と呼ばれ、クロダイがたくさん捕れる名産地だったことからチヌという名称が定着したようです。チヌはその時代からある古い言葉で、茅渟のほか、「 茅海 」 「 血沼 」 「 知沼 」 「 珍努 」 「 知奴 」 「 鎮仁 」 または 「 珍 」 という漢字が充てられます。
久呂太比 ( くろたい ) の名は930年代に編纂された 「 和名抄 」 になって初めて登場します。久呂はもちろん黒色のことで、語原的には植物の生えていない岩場や瓦礫 ( がれき ) を表します。
ほかに、漢語由来の 「 尨魚 ( ロンユイ ) 」 や 「 註@ ( ハイジ ) 」 もありますが、マダイにも同じ字を使うことがあるので区別が難しくなります。また、あまりの雑食性が嫌われたのか、「 註A ( くろだい ) 」 という国字も残されています。
現在中国でも日本と同じく 「 黒鯛 ( ヘイディャオ ) 」 か、またはマダイをあらわす 「 加吉 」 に黒をつけて「 黒加吉 ( ヘイジャージ ) 」と表記されます。クロダイもマダイも大きくて鋭い背ビレのトゲが目立つ魚です。香港ではその特徴を 「 立 」 で表して 「 黒立 ( ヘイリ ) 」 と呼ぶことがあります。
註@ :
( ハイジ ) / 註A :
( クロダイ )
恐竜時代のクロダイ
クロダイの先祖はおよそ6500万年前に登場しました。硬骨魚類が爆発的に増えたのは約4億1000万年〜3億6000万年前なので、魚類全体の歴史からすればクロダイの設計は古い方ではありません。しかし、ニザダイやスズメダイなど○○ダイ ( 註 ) と呼ばれる扁平な魚類の圧倒的な多さからすると、クロダイ・マダイ型は進化のひとつの完成形だと考えていいようです。
クロダイとマダイは共通の先祖を持っています。遠い昔の進化の分岐点、ちょうど恐竜時代が終焉を迎えるころ、浅場に棲むことを選んだのがクロダイ、深場に棲むことを選んだのがマダイです。両者は水深による棲み分けで一族の勢力範囲を広げる作戦を選びました。
姿がそっくりな両者ですが、よく見るとマダイは瞳孔が大きくて黒目がちなのに対して、クロダイは瞳が小さく白眼 ( 強膜 ) の部分が大きく見えます。白眼が多いということは眼球の可動範囲が広いということで、クロダイは周辺を見回す能力に長けています。
深場に適応したマダイは、暗い場所用の眼と、海中で見えにくい赤い体色、同族を見分けるための小さなコバルトブルーの星を持つようになりました。
逆に、光量の多い浅場に適応したクロダイは、紫外線を防ぎ、岩場での保護色になる黒い体を獲得しました。棲息場所によって黒さは違いますが、よく観察すると背ビレまで黒く染まっています。この色が陽が落ちて暗くなった時間帯の策餌行動を有利にします。
左右から押しつぶされたように側扁した体は、沿岸に繁茂する海藻のスキマを擦り抜けるのに適しています。大きく成長するまでは、背中から腹にかけて黒い縞模様が目立ちますが、これは海藻の生えた磯で迷彩効果を発揮するため。木目のある板のように見えることから、九州北部では目板 ( メイタ ) と呼んでいます。
塩分濃度が安定した深場を好むマダイに対して、クロダイは河川の影響がつよい湾内、河口、あるいは純淡水域まで適応することで棲息範囲を広げてきました。沖の離島でも、雨水の流れ込みがある場所を好みます。
どちらも海底付近をテリトリーとして、著しく雑食性なのは共通していますが、マダイが一度捕らえた獲物を逃さないための鋭い前歯を持つのに対して、クロダイは牡蛎をも砕く臼状の歯を持っています。一般的に海水魚の骨は硬く、淡水魚の骨は柔らかです。汽水域ではミネラル分が不足するためか、クロダイの骨はマダイほど硬くありません。
註 : 標準和名 「 ○○ダイ 」 というときの 「 タイ 」 は、マダイのように側偏した形の魚であることを表す代名詞であり、○○魚の 「 魚 」 に替わって用いられる。見た目のよくない輸入魚は切り身で流通することが多い。このとき商業的な価値を高める意図で、その体型にかかわらず○○ダイと名付けられることがある。
分類
クロダイの仲間は、インド・西太平洋の温帯域に全9種類が分布。日本近海にはそのうちの6種類が棲息しています。
残りの3種はオーストラリアの Black bream と Northwest black bream 、アフリカ大陸東岸にいる Twobar Sea-bream で、どれも沿岸性がつよい魚です。沿岸には外敵が多く危険も大きいので、警戒心が強くなければ生きていけません。そのためクロダイは音や人影には敏感に反応します。また外敵からの防御のため、背びれの棘がつよく大きく発達しているのが特徴です。視軸が前方斜め下を向いた底性魚であり、常に海底が見えていないと安心できないため、浮き上がることは少なく、また、深い海峡を越えて移動することも苦手です。
【 日本記録のクロダイ 】 2011年6月に三重県尾鷲で釣り上げられた 71.6cm 5.72kg の日本記録魚。
[ 写真提供 : 鰍ェまかつ ]
クロダイ [ Acantho-pagrus schlegeli ]
Acantho は棘、pagrus は鯛をあらわすギリシア語なので、学名は 「 トゲのあるタイ型の魚 」 といった意味になります。最後についた schlegeli はクロダイの分類に関わったドイツ人博物学者ヘルマン・シュレーゲルさんのことです。
分布範囲は朝鮮半島から中国北部・中部の沿岸、南は香港・マカオ周辺まで。中国南部にはキビレとミナミクロダイが圧倒的に多いのですが、間違いなく日本と同じクロダイも棲息しています。ただし環境的にきびしいのかサイズは 30cm 止まりです。
国内では北海道の函館湾が北限になります。青森と北海道を結ぶ津軽海峡は浅い場所でも水深 140m 、最深部で 450m もあり、底性魚のクロダイにとって横断することは容易ではありません。最狭部の大間崎と戸井間なら直線で約 18km 。なんとか渡りきったとしても、北海道沿岸では冬場の水温が 3℃ 近くまで下がるため、越冬することは難しいと思われます。
南限は屋久島周辺です。沖縄にはいませんが、中国と浅い海峡を隔てた台湾には棲息しています。
幼魚の間は 30℃ 近い高温にも耐えますが、成長すると 21〜17℃ が好適水温となります。10〜6℃ まで下がると冬眠状態になり、5℃ では仮死状態、3.5℃ で死に至ります。成長速度は海水温への依存が大きく、寒い地域では生育が遅く、温暖であれば速く成長します。
1978年10月、三重県尾鷲湾で 69.5cm のクロダイが釣れました。2002年6月には福岡県船越漁港で 70.8cm 5.15kg が上がっています。2011年6月にまたも尾鷲で 71.6cm 5.72kg の大型が釣れました。これが日本記録魚 ( すべて拓寸 ) です。寿命は20年程度とされます。
ヘダイ [ Rhabdosargus sarba ]
本州の中部以南に分布しています。クロダイよりも体高があって平たいため平 ( へ ) 鯛 ( だい ) と呼ばれるようです。セダイ、シロチヌ、ヘイズと呼ぶ地域もあります。全体的に白っぽくて口吻が丸みを帯びており、体側には10数本の黄色がかった線があります。英名は Goldlined sea-bream ( 金色の線があるタイ ) 、または Gilt-head bream ( メッキ頭のタイ ) 。食味はクロダイと同等以上とされます。
キチヌ [ Acanthopagrus latus ]
体が白っぽく、胸ビレと尻ビレ、尾ビレの下端が黄色いためキビレとも呼ばれます。英名もズバリ Yellow-fine Bream 。淡水に非常につよく、堰のない河川ではかなり上流まで遡上します。体長は 40〜50cm まで。クロダイが春に産卵するのに対してキチヌは秋に産卵します。体の中央部、側線から上のウロコがクロダイの6.5枚に対してキチヌは3.5枚と少ないことでも見分けが可能です。
ミナミクロダイ [ Acanthopagrus sivicolus ]
日本の南西諸島だけに分布する固有種で1962年に新種登録されました。体色はやや黒っぽいイブシ銀でクロダイとよく似ています。奄美大島や沖縄周辺ではもっとも普通に見られる種類で、シロチヌ、チン、ツンとも呼ばれます。内湾や河口付近に棲息して最大で 50cm まで成長。食味がいいことから市場価値が高く人気があります。側線上のウロコの数は46〜52枚です。
オキナワキチヌ [ Acanthopagrus chinshira ]
沖縄から香港、オーストラリアまで分布するクロダイで、以前は豪州キヂヌと同種だと考えられていました。体色が白っぽいため、沖縄では チヌ‐白 の意味でチンシラーと呼ばれており、学名にもそのままチンシラーが付けられています。ミナミクロダイとよく似ていますが、名前の通り、尻ビレと腹ビレが白から黄色味を帯びています。側線上のウロコの数は44〜47枚です。
ナンヨウチヌ [ Acanthopagrus pacificus ]
日本のクロダイの仲間ではもっとも南に分布する種類で、近年になってミナミクロダイと別種であることが確認されました。
棲息範囲は八重山諸島以南。西表島のマングローブが密生した河口域を代表する釣魚です。口吻が短くて、体高が非常に高く、すべてのヒレが黒いのが特徴です。背ビレ中央下のウロコの数が3.5枚と少なく、ウロコ自体が大きくて粗い印象を受けます。
【 なんと外国にはこんな黒いスジ入りクロダイも! 】 オーストラリア近海から西インド洋の珊瑚礁域に棲息する Twobar Sea-bream 。ツーバーともダブルバーとも呼ばれ最大 50cm まで成長。
産卵と成長
クロダイの産卵は夜間に行われるため目撃した人はごく限られています。磯の水深 50cm ほどの藻の中で産卵するという説もあれば、湾内の浅い砂地だという説もあります。
山口県下関市の海響水族館では毎年一番大きな水槽で産卵が観察されていて、飼育員さんの目撃情報では、春になると深夜の海底で、1匹のメスと2〜3匹のオスが群れをつくり、オスたちがメスに寄り添って産卵を促すと、メスは一気に水面まで泳ぎ上がって産卵、同時に追いかけていったオスが精子をかけるそうです。これが何日か連続して行われ、40cm くらいのメスなら合計で約200万粒を産むとのこと。長い間ナゾに包まれてきたクロダイの産卵ですが、判ってみると意外に普通でした。
卵は分離浮遊性で直径 0.8〜0.9mm 。海面を漂いながら水温 20℃ の場合、30時間ほどで孵化し、体長 8〜10mm になると岸寄りしてプランクトンを食べはじめます。成長は海水温の影響を大きく受けますが、1年で 12cm 、5年で 25cm 、9〜10年 で 40cm を超えるようになります。50cm に成長するまで18〜19年が必要だとされます。
≪ 性転換 ≫
魚類およそ2万5000種のうち300種ほどで性転換が確認されていて、その多くは雌性先行型です。始めは全数メスなのが、群れの中で大きく成長した魚だけがオスに性転換します。これは生存競争を勝ち抜いたつよい遺伝子だけを受け継いでいく作戦です。
ところがクロダイは逆で、雄性先行型の性転換をします。幼魚のときはすべて雄なのに、2歳頃から精巣のほかに卵巣が備わるようになり、3歳頃からは精巣が成熟したオス、または両性型になり、さらに成長して5歳以上になると 70〜90% は卵巣が成熟してメスに性転換します。残りはオスのままで成長します。
大きく成長したメスほど卵の数が多くなります。体内で卵を育て上げるには多くのエネルギーが必要であり、大きく成長してからの方が都合がいいため、とりあえずメスの数を多くして、たくさんの子孫を確保する作戦かと思われます。
性転換には雌性ホルモン ( エストラジオール‐17β ) が関わっていて、2〜3歳のオスにこのホルモンを経口投与するとメスに性転換するそうです。本来性転換しないはずのメダカやコイ、マコガレイなどのメス化が確認されていて、これは天然由来、人工物質由来にかかわらず、河川に魚の内分泌を攪乱する化学物質が流れ込んで、体内に取り込まれたときに雌性ホルモンの働きをするのだと考えられています。クロダイは人間の近くにいるだけに、自然な性転換が阻害されて繁殖能力が低下することが危惧されます。
【 麦を食べたクロダイのレントゲン写真 】 押し麦はクロダイの大好物。消化はわるいようですが、水でふやかした麦粒や米粒でもクロダイは釣れます。ラインと鈎のついた麦で、ヒラヒラと落ちていく動きを出すことは難しいので、まとめて鈎につけて海底に置きます。居喰いをする魚だけに、エサだけ取られることもあります。
[ 写真提供 : ケミホタルフィールドスタッフ 山本達雄氏 ]
江戸時代に、妊婦がクロダイを食べると流産するという俗説が生まれ、望まぬ妊娠をした女性が堕胎薬として食べることが流行しました。もしこの俗説に少しでも真実が含まれているとすれば、おそらくクロダイの持つ性転換ホルモンの影響かと考えられます。
季節別の狙い方
クロダイが活発にエサを追うのは水温 12℃ 以上です。変温動物である魚類の体温は水温より 0.5〜1℃ ほど高いくらいで、水温が変化すればそれにつれて体温も変化するしかありません。
海水は熱容量が大きく、空気の357倍もの熱を持っています。熱伝導率も空気の 57W/S・cm・℃ に対して海水は 1400W/S・cm・℃ なので、24.5倍も速く大量の熱が伝わることになります。全身が海中に接していて、エラを通る海水で呼吸する魚類にとって、水温の低下はそのまま代謝の低下に直結する大事件。代謝が低下すれば、体を維持するエネルギーが少なくなるので活性まで低くなります。
同じ水温 20℃ でも、低い温度から 20℃ に上がったのなら、代謝も上がるため、元気にエサを追ってくれます。ところが、前日から急に下がって 20℃ になったのであれば、活性はガクンと下がってしまい、体が対応するまでの時間が必要です。クロダイは 0.05℃ の温度変化を感知できるそうです。水温が変化すれば居つく場所や食性も変化するので、季節に応じて釣り方を変えてください。
春
水温の安定した深場に逃げ込んでいたクロダイが産卵を控え、水温の上昇とともに浅場に寄せてくる、いわゆる 「 乗っ込み 」 は、南を向いた穏やかな藻場から始まります。早いところでは2月から始まり、一般的には5月くらい、寒い地域では6月にピークを迎えます。産まれた卵が流されないよう潮が緩く、孵化した稚魚が身を隠すための藻が生えた場所に親クロダイが集まっています。この時期のクロダイは体力をつけるため食欲旺盛ですが、同時に神経質でもあり、エサを一気に引き込むことはありません。
水温がまだ低い時期なら、エサが多い場所での底狙いが基本。エサ盗りが少ないのでオキアミのフカセで狙えますが、撒き餌をあまり大量に投入しないよう注意してください。
梅雨 〜 初夏
産卵を終えたクロダイは、しばらくの間、海藻類の多い浅場で体力を回復します。この時期は身が柔らかく食味もあまりよくありません。梅雨が開けるころになって水温が上がるとまた積極的に就餌活動を始めるので、堤防のヘチなどカラス貝が貼り付いた場所を狙ってください。水温が上がってくると、エサ盗り軍団の活性も高くなります。小魚の攻撃をかわすには、カニやアケミ貝をエサにした落とし込みやダゴチン釣りが有効です。
梅雨は海に雨水が流れ込んで塩分が薄くなります。普段は狙って釣れるキチヌ ( キビレ ) ではありませんが、この時期は低塩分に滅法つよいキチヌの活性が高くなって、よく釣れるようになります。
夏 〜 秋
真昼の暑さからも、エサ盗りからも逃れられる夜釣りの好適シーズンです。太いラインが使える夜釣りは一発大物をゲットするチャンス! 夜はこちらの姿も隠せて好都合ですが、ライトで海面を直接照射しないよう注意してください。つよい照明を灯けた小舟で河口を夜漁りすると、岩陰に身を寄せるクロダイが照らしだされます。10cm 位の幼魚は光の中をすごい速さで走り抜けますが、30cm 以上になるとゆったり眠ったままです。背ビレがでるような浅場であっても、小舟のようにゆっくり動く光や常夜灯が警戒されることはありません。
クロダイは水中に伝わる音に対しても非常に敏感です。硬い岩場やコンクリーの護岸の上では、不用意な音は立てないほうが無難です。
冬
パワーが猛烈につよく、食べても美味しい時期です。越冬前には荒喰いモードに入るので、数釣りも期待できます。水温が下がってくると体色がやや白くなり、小さいものから先に沖の深場へと落ちていきます。このとき 100m を超えるような大きな群れで移動することがあります。
厳冬期には湾内の温排水が流れ込む場所や、沖目の澪筋などの深場がポイントになります。ボケなどの活き餌で底を這わせて誘うといいでしょう。冬のクロダイは海藻を食べています。これは海藻そのものの栄養よりも、摂取した食物をエネルギーに変える触媒として食べているらしく、海藻を食べたクロダイの生存率は高いと言われています。
エサの種類と特徴
クロダイは雑食性のうえに棲息範囲が広いため、エサの種類が非常に多いのが特徴です。本来釣りエサは、対象魚と同じ場所で捕れて、対象魚がその時期に喰い盛っているエサが最良だといえます。
たとえば乗っ込みの初期、沖から来たばかりのクロダイはまだダンゴなどの人工的なエサに慣れていません。この時期は自然界で食べ慣れているエサを使うと効果があります。ところが、魚種によって漁獲量に周期的な変動があるように、エサの種類によっては資源量が大きく変動することがあります。
また、工場排水や栄養塩類の影響を受けやすい河口域では、特定のエサ生物が減少し、クロダイの補食対象から外れてしまうことがあります。その年々で嗜好が変わる可能性も視野に入れて、ヒットエサを探し出してください。
夏の昼間はエサ盗りとの戦いです。人気釣場にはエサ盗りの雑魚が居着いていて、撒き餌どころか、釣人の姿を見ただけで活性に火が点き、オキアミはものの3秒も持ちません。辛抱していれば、急に喰いが止まって本命が釣れることもありますが、撒き餌ワークでかわすことができない足の早い雑魚がいるときは、カニやイガイのような硬いエサを使ってしのぎます。
クロダイは海には存在しないはずのカイコやスイカにまで餌付くので、コーンやグリーンピース、サツマイモなど、雑魚は食わない植物性のエサを使うこともできます。または、雑魚の少ない夜釣りに切り替えるとか、いきなり底まで届くバクダン釣りに切り替えるなどの対策もあります。
イソギンチャク
明治43年発行の日本水産捕採誌‐釣漁業編には、「 イソギンチャクはクロダイがもっとも好むエサである 」 と記されています。 昭和50年代になって、オキアミが使用され始めるまでは、イソギンチャクが特効エサだったのかも知れません。
現代、釣り餌として販売されているのは砂泥地に分布するウメボシイソギンチャク科の一種で、九州の有明海周辺では食用にされています。シーズンは初夏。パチンコ玉くらいの大きさなら一匹がけで、大きすぎるようなら切って使います。このとき出る腹ワタは大好物なので捨ててはいけません。
エビ
釣りに使われるのはおもにモエビとボサエビ ( イソスジエビ ) の2種類があります。河口辺りに木の枝 ( ボサ ) を沈めて捕るボサエビは、海産なので海での使用には適しているものの流通量が少なくて高価です。
モエビは淡水産のヌマエビ ( タエビ ) やミナミヌマエビの総称で、ブツエビと呼ばれることもあります。とくに琵琶湖産のエビをシラサエビと呼び、産地から近い大阪周辺で人気のあるエサです。魚が近づいたら怖がって暴れるのでクロダイががぜんヤル気になる特効エサです。中国産も輸入されているため比較的安価ですが、生きたまま使うので水温管理と、エアーポンプが必要になります。
カニ類
堤防釣りでもっとも多用されるエサで、磯や堤防にいる甲羅の固いカニは外道対策としても使えます。エサ持ちがいいので一日分20匹ほど用意すればいいでしょう。現地で採取したカニは、カニ自身にとっても過ごしやすい環境なので元気で長持ちします。
ただし、脚がつよくて堤防の壁面にくっつくと外れないので、脚を切って使う必要があります。カニ餌は一度噛んでから吐き出すのでラインを張り気味にして早めにアワセてください。
イソメ類
主流は大きく岩虫と青イソメの2種類に分けられます。岩虫 ( 本ムシ ) は川の流れ込みがあるような潮間帯の砂利浜に棲息していて、匂いがつよいので喰いがよく、さらに遠投まで効くのですが高価なのが難点です。
青イソメ ( 青ケブ ) は湾内の岩礁地帯が棲息地で、輸入品が多く出回っているため安価に入手することができます。どちらも夜行性なので、夜間によく動くことと、表皮がギラギラと光を反射するので夜釣りによく使われます。大きさがあるためプラントン食の小魚には手が出しにくいエサです。クロダイは噛まずに吸い込むので比較的ゆっくりアワセて大丈夫です。
関西から東海エリアで、初夏から秋にかけて流通するフクロイソメ ( スゴカイ ) は夜釣りの特効エサです。アタリだと思ったら竿をやや送りこんでからアワセを入れてください。イシゴカイ ( ジャリメ ) は細いのでクロダイに使うことはありません。
練り餌
鈎持ちがいいのでエサ盗り対策に用いられますが、その集魚効果も無視できません。練り餌は水で溶けると煙幕のようになります。これをクロダイが捕食すると、一部は胃の中に入るものの、残りはエラから勢いよく排出されて海中に広がります。周辺にいるクロダイも水中でエラ呼吸しているので、自然に練り餌の煙幕が口の中に入ります。大半はエラから外に出ていくとしても、一部は胃の中まで入ります。これがある一定量を超えると食欲中枢がガツンと刺激されて、補食スイッチが入ってしまいます。意図的にこの状態を作り出せるのが練り餌の効果です。
ボケジャコ
スナモグリとも呼ばれる砂地のエサです。食用のシャコに似ていますが、殻が柔らかいので喰いは最高です。弱りやすくてデリケートな面はあるものの、自分で動き回って誘ってくれるので、クロダイの活性が極端に下がる冬場の特効エサとして欠かせません。サイズにもよりますが一匹60〜80円と高価なので、エサ盗りが多い夏場には使いづらいエサです。
自由に動けるように仕掛けごと底に這わせるのが基本ですが、落とし込みや紀州釣りのエサとしても優れた効果を発揮します。
サナギ
サナギは集魚剤にも配合されるほど匂いの強いエサです。サシ餌にするときは、頭を取って中の空気を抜き、鈎にオモリを付けて沈めるか、またはクロダイを海面まで浮かせて釣ります。
サナギはエサ盗りが多いときに効果を発揮します。エサ持ちはいいけどクロダイの喰いはオキアミよりはるかに下。ところが雑魚にはさらに人気がないので、結果的にクロダイがヒットしやすいエサになります。
貝類
貝は栄養価が高くて美味しい反面、硬い殻を攻略するのが難しいので、クロダイにとっては高値の花のご馳走です。だからたとえば岩場でジンガサを見つけたら、採ってエサにすればクロダイは一発で喰ってきます。 ( 採取禁止の場所があるので漁協に確認してください ) 見た目はよくないもののヘビ貝やフジツボも同様です。
歯の頑丈な大型になるとフジツボどころか牡蛎までも砕いて食べますが、さすがに牡蛎あたりが限度らしく、牡蛎を食べるクロダイは口が腫れて傷んでいることがあります。
岸壁についているイガイは落とし込みに使います。この貝の殻を割って喰えるのはトビエイと 30cm 以上の良型クロダイ以外ありえません。地域によってはクロダイの主食になっていて、腹の中には真っ黒なゴミ殻がたくさん入っています。このような場所では、まず岸壁をよく見て歩き、イガイが喰われた跡を見つけます。消化されずに排泄されたイガイのクズがあれば、そこに良型クロダイが居着いていることは間違いありません。
クロダイの好む色
鹿児島大学水産学部の川村軍蔵教授の研究によると、クロダイとメジナは黄色いエサを好んで食べるそうです。エサそのものの色ではなく、水中で見えやすいエサを食べている可能性があるので、背景色をさまざまに変えて実験したところ、オキアミで餌付けされたクロダイでさえ、普段のままのオキアミよりも、黄色に着色されたオキアミを好んだそうです。「 ルミコチヌ ( クロダイ ) 」 の淡いエメラルド色にも実績がありますが、条件次第ではほかの色にもヒットします。
≪ ルミコは潮の色に合わせる ≫
太陽光が充分に届く浅場にはカラフルな生物が棲んでいます。周囲と同じ色にカモフラージュした魚もいれば、熱帯魚のようにハデな色彩の魚もいますが、どちらにしても外部から認識されなければ意味がありません。もし魚たちが色を認識できないとしたら、せっかくつくり出したデザインと色素がムダになってしまいます。かれらの衣装には、たくさんの中から同種を見つけて群れをつくる役目や、パートナーを探し出して確実に繁殖する役目があります。
物体の体色を正しく認識するには、その色を含んだ光があたっている必要があります。太陽光には虹の七色のすべての光が含まれていますが、到達できる水深は波長によって異なります。海水には波長の長い光を吸収しやすい性質があって、とくに赤外線は海水を温めるのに消費されて急速に減衰します。可視光域の赤色 ( 680nm ) もわずか水深 5m で水上の0.5%まで減衰し、人間の眼では 5〜10m で赤い物体が見えなくなります。深くなるに従ってオレンジや黄色も消えていき、40m を超えるあたりから青を基調にしたモノトーンの世界になります。水 ( H2O ) を構成する酸素原子は光があたると青色に発光するので、もともと水や氷には青く見える性質があるのです。
海中には赤色が少なく青色が多いため、魚類の色覚は全体的に青色側の感度が高くなっています。色覚を持つことが確認された魚類の多くは、赤・緑・青の3色のほかに、337nm の紫外線を感知できる錐体細胞が備わっていて、人間には見えない紫外線領域まで見えることが判っています。
地上では赤いマダイも海中では暗灰色に見えてしまいます。赤色の物体を認識できるのは水深数メートルの範囲に限られていて、それより深い場所では赤に見えない以上、中・深海性の魚類は赤色に対する感受性を持たないだろうと考えられてきました。
ところが近年になって、クダクラゲの一種とムネエソの一種に、赤色の生物発光が発見されたことで、従来からの説が揺らぎ始めています。科学誌 「 サイエンス 」 は、クダクラゲの消化器官の内容物を調べ、エサの少ない深海で、赤い光を使って小魚をおびき寄せて補食するのではないかと推理しています。これはエサとなる小魚に赤色が見えている可能性を示しています。太陽光のバランスが失われる海中で、本来の色を再現できるのは自から発光する物体だけであり、赤い光の ルミコ がカレイやヒラメに特効的な集魚効果を発揮することが知られています。
海中が青いということは、そこまで青色の光が届いているということ。澄んだ外洋では、遠くまで届く青色の光を使ってください。
逆に、植物プランクトンで緑色に懸濁した沿岸では、緑色の光が透過しやすいので、黄緑色の光を使うことが基本となります。
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